東京高等裁判所 昭和42年(ネ)1418号 判決
ところで右事実によれば右各通院治療による被控訴人の金員支出は(イ)老川外科病院の場合についてハイヤー代三〇回分(一回往復五〇〇円)一万五〇〇〇円、(ロ)大塚整骨院の場合についてハイヤー代六五回分(一回往復五二〇円)三万三八〇〇円、(ハ)井村整体院の場合について現在までのハイヤー代四九九回分(一回往復五六〇円二七万九四四〇円及び治療費四九九回分(一回四〇〇円)一九万九六〇〇円の合計四七万九〇四〇円となるわけであるが、右(イ)及び(ロ)の各金員支出が本件事故により被控訴人が受けた前記傷害の治療のため被控訴人がやむなく支出せざるを得なかつた費用であることは前記認定事実によつて明らかであるけれども、右(ハ)の金員支出についてはこの場合の治療開始の時期が本件事故の時より三百数十日を経ており、病名も前記傷害のそれとは違つているので、はたしてこの治療が必要なものであり、従つて右金員支出が本件事故と相当因果関係に立つものであるかどうか問題がある。よつて案ずるに、前記当審証人老川賢良、大塚富之輔の各証言に徴すれば、前記老川外科病院における被控訴人の外科的治療はだいたい昭和三九年一月いつぱいで終了し、その時の被控訴人の状態は後二、三箇月のマツサージ療法が必要と思われる程度であり、また前記大塚整骨院における被控訴人の治療は患部を安定させるための包帯等による固定処置とマツサージの繰り返しが主であつたが、この治療は同年五月一日までで終り、その時被控訴人はだいたい治つたと見られる状態にあつたことが認められる。そこでその後にかかる井村整体院における被控訴人の治療が前記傷害の後遺症にかかるものであり、その治療として必要なものであつたかどうかを考えるに、〔証拠〕に徴すれば、被控訴人は前記大塚整骨院における治療後も主として半身がおもわしくなく感じられ、昭和三九年八月ごろ日本赤十字病院の診察を受けたが、これ以上は治らないといわれて入院を断られたのでかつて胃病のため一度治療を受けたことのある前記井村整体院の治療を求めた結果、前記のように打撲を受けた打身の治療のため連続して多数回同院に通うようになり、その都度医業類似行為業者(昭和三九年法律第一二〇号あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法等の一部を改正する法律附則第九項によつて長野県知事に届出たもの)井村良衛から整体術と称する方法で屈伸体操、指圧、マツサージ等による治療を受けつつ現在に至つているが、症状は一進一退で、必ずしも好転せず、被控訴人としてはまだ当分は通院するつもりでいる状況にあるように見受けられる。そして以上見て来たところを綜合すると、被控訴人の右井村整体院の場合における症状は本件事故による前記傷害が医学的治療としては尽すべきものを尽した後の症状ではあるが、その部位が前記のとおりおもに被控訴人の左半身にある点から見て本件事故による前記傷害と全く無関係であると断ずることもできないから、この場合あるいはそこに当年五五才という被控訴人の年令から来る別個の精神的、肉体的障害原因が働くことがあり得ても、前記傷害の軽度の後遺症の一種であると認めざるを得ない。従つて医学的治療方法から見放された観のする被控訴人が右のような状態から少しでもよくなろうとする一心で、医学的治療方法ではない前記整体術療法にすがろうとする気持ちはこれを諒とし得ないわけではないが、たとえ事故による症状の治療といえどもその治療として客観的に妥当と認められる程度方法によるべきで、治療を受ける者の恣意に流れてはならないことは不法行為制度における損害についての相当因果関係の理論上当然であるというべきであるから、この観点に立つて前記井村整体院における被控訴人の治療の場合を見るに、整体術といえども一応知事に届出をした医業類似行為業者によつて行われる治療方法であり、前記のような治療のやり方から見ても被控訴人の症状に対し必ずしも効果のないものであるとは考えないが、資格のある医療専門家による治療方法ではない(またこの場合医療専門家の指示によつたものでもない)点などを考慮するなら、前記のように今日まで約四年間、数百回の治療を継続して、なおかつ思うような結果があらわれない状況から判断して、治療をする井村整体院側も治療を受ける被控訴人側も中途からは漫然と、ただ惰性で、あまり効果のない療法を繰返して来たにすぎない観が強いのであつて、その趣旨において井村整体院における被控訴人の治療はある時期以後は前記後遺症の治療としてもその妥当な程度方法を越えるものであつて、恣意に流れた余分の治療であると見ざるを得ない。そしてこの場合いつまでが妥当な程度方法の治療であり、いつからが余分な治療であるかの時期については、以上諸般の事情にかんがみればそれがかなり早期に到来したのではないかと考えられなくはないが、この時期を的確にとらえるだけの資料は本件記録から見い出すことはできない。しかし前記原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果に徴すれば、被控訴人が昭和四二年五月三一日の原審における本人尋問のさい訴える身体の状態は昭和四三年一〇月三〇日の当審におけるその本人尋問のさいいうところとさほど変つてはおらず、井村整体院における被控訴人の治療は昭和四二年五月三一日まではともかく、それ以後はどうみてもこれといつた効果があがらず、むしろ気休めの施術の頻繁な繰返しであることの観がすこぶる強いのであつて、それなら右五月三一日までの治療は一応妥当なものと認めざるを得ないにしても、遅くとも翌六月一日以後の治療は必要のない余分の治療と見るのが相当である。そうだとすると前記(ハ)の金員支出のうち昭和四二年五月三一日までの三三九回(この回数は前記証人井村良衛の証言によつて認める)分のハイヤー代と治療費の合計三二万五四四〇円だけは、前記(イ)及び(ロ)の各金員支出と同様に、被控訴人が本件事故により受けた前記後遺症の治療のためやむなく支出せざるを得なかつた費用、すなわち事故と相当因果関係あるものとなるが、それ以後の分はそうでないものとして排斥するほかはない。
(浅沼 上野 渡部)